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<IT情報マネジメント用語事典より>
暗黙知とは、"知識”のうち、勘や直観、個人的洞察、経験に基づくノウハウのことで、言語・数式・図表で表現できない主観的・身体的な知のことです。その反対が、形式知、知識”のうち、言葉や文章、数式、図表などによって表出することが可能な客観的・理性的な知のことです。


自転車にまたがっているのは孫。ちゃんと乗れますよ、可愛いでしょ(^_^)

ところで、貴方が自転車にまったく乗れない、なんとか乗れるようになりたいと思った場合、本と、YouTubeの動画とか、たくさんみて、ああ〜、そうなんだぁ〜で乗れると思いますか?

まず、乗れないでしょうね。
何度も倒れながら、また、誰かに補助員となってもらって、体で覚えないとどうにもならない。

本とか動画の部分は形式知。
実際に行わないと分からない部分が暗黙知。

20年くらい前だったか、職人の技をビデオに撮影して残すということが行われている、とTV番組でやってましたが、ほんとにあれで伝わるかは、甚だ疑問。どんなに文書化しても、どんなに映像化しても、そこの所の勘所は、やってみないと分からない部分がたくさんです。

氷山に例えたら、形式知は水面の上の見えている部分。水面下の見えない部分が暗黙知。この両方を知らないと、"分かった"、が、"できた"、に、ならないんです。
hyouzan_ikkaku

ずっと以前、桐たんす職人になりたいと本気で思ってきた方がありました。真面目でした。言われたこと教わったことは、すべてノートに筆記。仕事ぶりからしても、なんとか早く覚えたいという意識があるのがヒシヒシ伝わってきてました。私らも、彼に一日も早くノウハウを教えようと努力しました。

でも、結局、1年で脱落。それは、ノートに書き記すことのできる以外のことが、あまりに理解されなかったのです。例えば、カンナを研ぐ。砥石で研ぐわけですが、尖ったという感じが分からないというのです。刃先に水をつけてみれば、細かい水玉があったらダメ。(私が習ったのは、黒で一直線と教わりましたが)虫眼鏡と、図解で説明しましたが、私は見えているのに、当人は全くみえない。どうしても見えない。何度もやり直しで、一日中カンナ研ぎさせていたことも。本人は、言わなかったけど、いじめていると思われたかもしれません。

引出を合わせる時も、最終的には前板の上にカンナを掛けて微調整しますが、紙の半分、髪の毛一本のくらいの厚みを、全体でなく、どの部分にカンナにかけるかは、ノートに書き記すことができないのです。職人の長年のカンというしか、いいようがないです。

桐たんすには暗黙知がいっぱいです。私がブログに書き綴っているものは形式知。暗黙知は、誰でもできるというものではなく、長年の経験としかいいようがないです。